KATTE

パフォーミングアーツや社会学のことについて、勝手にあれこれ書いています

コロナ禍の私的振り返り その2

 仕事の関係で、コロナ禍のアート業界の趨勢について調べている。

 仕事の中身自体は、いつ、緊急事態宣言が起こって、いつ、まん延防止措置が取られて、それがどういうもので、AAFではいくら助成金が交付されて……というような、いわば客観的な事実関係を洗っていくという作業をしているのだけれど、仕事をしていると、自分の身の回りで起こった、ごく主観的で個人的な出来事についても、やっぱり、思い出してしまう。

 そんなわけで、当時の演劇関係のラインやメールなどを読み返してみる。私個人にも、当時の演劇仲間にも、相当に疲労が溜まっていく様子がはっきり示されていて、ちょっと見ているのが辛い。演劇は何回も中止になり、その度に関係各所に謝罪の連絡を入れたり、国のガイドラインに応じて消毒剤をあちこちから手配したり、ときとして「自粛警察」的な人から何度も連絡が送られてきたり、あるいは立場の弱さに乗じて金を持ち逃げされたり、誰がどう見ても、摩耗している。

 いや、わたし(たち)が摩耗しているというのもそうだが、それだけでない。皆、摩耗していた。自粛警察みたいだったあの人も、金を持ち逃げしたアイツも、皆、摩耗しているようである。おそらく、あちこちで、そういうことが起こっていたのだと思う。ミクロなレベルでの、いわゆる「分断」が、顕在化しないにせよ、あちこちで生まれていた。だったら、感染とか元から諦めて、高円寺で花見でもしていたほうが良かったのかもしれない。

 

 新型コロナは感染症法上の5類へと移行し、街ではマスクしていない人の方が増えてきており、2024年の1月現在、まあ、ほぼ「収束」したといってよいと思う。少なくとも、世の中では、「収束」したということになっている。普通の日常は、コロナ禍からの回復という意味に限っては、取り戻されつつある。
 ただ、コロナ禍で失ったものは、計り知れぬほど大きく、「あのときコロナがなければ」と思うことは度々ある。コロナ禍がなければ、(こればかりは分からないが、)まだぺぺぺの会に居続けていたような気はするし、バーゼルにも1年くらいは留学できていただろう。

 

 なにか、オルタナティブな未来を生きている感覚が2021年ぐらいからあって、どうも、アクチュアルな感覚を欠いているようである。かつて思い描いていた現実の方が正しくて、リアルな現実の方がむしろ、私にとってのアクチュアルな現実からズレている。「収束」と言えど、コロナ禍で生まれた亀裂も、分断も、何も、収束していない。亀裂によって生じた断層が、ズレたまま、二度と戻らないように。

 

 この2年間は博士論文を書いていたこともあって、演劇からやや遠ざかっていたけれど2024年に入ってから、ようやく、ゆっくりと考えるだけの時間ができて、演劇に関わっているときの自分の時間が動き始めたような気がしている。(逆に言えば、この2年間は、同じところをぐるぐると思考が回っていた気がする。螺旋的に上昇していた可能性もあるし、下降していた可能性もあるけれど、私には分からないし上とか下とかそういうものでもないのかもしれない。)いずれにせよ、ミネルヴァの梟が飛び立つ今や黄昏時である。

 いや、黄昏時というより、むしろ、斜陽という言葉のほうが頭に浮かぶ。「アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ」という太宰治の言葉も、頭を擡げる。だけれど、夜道に日は暮れない。どうせそのオルタナティブな現実からのズレ感は、忘れることができない。だから、2024年は、忘却されつつある亀裂に向かって、むしろ一歩進んでみたい。現実の「現実」の方を、地に足つけて、強かに生きていきたい。

 

 

 

 

 

斜陽

 

 

 

note.com