サンタクロースを信じていたのは何歳ぐらいまでだっただろうか。
わたしの通っていた小学校は、「サンタはいない!」ということに気がつくのが比較的早い小学校で、小学校2年生くらいには、「いない」ということを、みんなが共有していたような気がする。もちろん、頑なに、「いや、いる!」という子もいた気がするけれど、みんなやさしいから、そういう子の前ではあんまりサンタの話はしていなかったように思う。(子どもたちにとって重要なのは、サンタがいるかいないかではなく、プレゼントをクリスマスにもらえるかどうか、ということなのだ)
ただ、「子どもたちはみんなサンタがいないことを知っている」ことを、親たちが知っていたかと言われると、怪しい。わたしは、サンタの正体を知ってしまったらプレゼントが貰えなくなってしまうのではないかと思って、サンタの正体に気が付きながらも、親を喜ばせるために、サンタへの手紙を小6くらいまで毎年書き続けていた。(そういう友だちは、友だちには打ち明けなかっただけで、ほかにも何人かいた気がする。)
それに、子どもだって、大人たちががっかりする顔を見たくない。サンタへの手紙を書いておけば、じっさいに信じていようが信じていなかろうが、演技をすれば、とにかく目の前の大人たちは喜ぶのである。そういう意味で、子どもたちの側も、大人に対してやさしかった。
子どもは、たしかに「いたいけ」なのだけれど、子どもが「いたいけ」であるのは、子どもの側の演技によって形作られていることがある。いや、というか、私の見立てでは、ほとんどの「いたいけさ」は、パフォーマンスによって形作られていたような気がしないでもない。「いたいけ」はパフォーマンスによって構成される。
いや、しかし、そう考えると、大人たちは大人たちで、「子どもたちが、大人たちを喜ばせるためにサンタを信じている演技をしている」ことも、じつは知っていて、大人たちの側は、「演技をしている子ども」を信じる「いたいけな大人」を演じていたのかもしれない。つまり、サンタを信じる子どもを、いたいけなものと信じている大人を喜ばせようと、「いたいけな」演技をする子供を、騙されたふりをしてさらに喜ばせようとする、大人の演技である。子どもたちは、自分たちの演技が大人たちを喜ばせたと思って、喜んでくれる。方便の喜びをサンタを通して学んでいく、子どもの発達過程、そういうことに大人たちは喜びを感じていたのかもしれない。相手が嘘をついていると分かっているからこそ嬉しいこともある。
それならそれで、大人の側も、やさしかった。
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いや、いるのだ、サンタは。
わたしはサンタを見たはずだし、母も見た。わたしはそのことを忘れているけれど、母はサンタ、のようなそれを、わたしが幼いときに、わたしと見た。わたしはそれより前の記憶がない、7歳の出来事である。
深夜、わたしを寝かしつけていたベットの方でガサガサと音がしたので目を覚ますと、わたしがいない。窓から空を見上げると、月光に照らされた赤い服を着たサンタクロースが、母のほうを笑って手を振っていた。八重歯だった。真っ赤なそりの下には、ロープで束ねられた子どもたちが、何人かぶら下がって風に揺られていた。先頭の方に縛られたトナカイたちは4匹いて、トナカイにしては変に足が短かった。角が生えていたから、たぶんあれはトナカイだったとあとから分かったのだと母は言っていた。わたしはそのトナカイを見ていたはずだが覚えていない。
サンタが鞭をしならせてトナカイの背中を何度か、ぶった。鈍い音が響くと、吊られていた子どもたちがわあわあと騒ぎ始めた。慌てて、サンタはトナカイを何度か叩き直しても、一向にトナカイの側には動く気配がないし、子どもたちも喚き続けている。サンタも苛立ってきたし、それを見ている母も母で、だんだん腹が立ってきた。いよいよ堪忍できなくなったようで、突然、かすれた声が響くと、子どもたちを垂れ下がらせていたロープは、ついにちょん切られた、そしてかつてロープだったものは夜空に散り散りになった。束ねられていた子どもたちは、それぞれの寝床と、ごろごろと転がり戻っていき、それを見ていた母は何も言わずに笑っていた。
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小学生のころ、何人かの子どもたちは、「サンタはいる!」と、すごい剣幕で言い張っていた。あれは、本当に、あのサンタを見たんじゃなかろうかと、ときどき思い返す。
「大人」になるにつれて、今度は逆に、「大人」のように演技することが求められ、だれも「サンタの存在」について議論しなくなった。だけれど、じつは、あのサンタを見たことのある「大人」は、けっして口にしないだけで、けっこういるんじゃなかろうか。