しばらく、このブログを更新していなかった。
その代わりに、こっそりnoteの方などを更新していたのだった。

noteは2019年くらいに始めたので、始めてからだいたい7年が経つ。長い。
noteを2023年に辞めて、このはてなブログに移行した理由は、以下のとおり。
noteは、ハッシュタグ機能しかり、スキ機能しかり、一見すると人に読んでもらえそうな機能が充実しているのだけれど、そもそも、読む側にnoteで長い文章を読むモチベーションがあるかと言われると、そうではないような感じがしており、結果として短めの(それっぽいだけの)文章しか書けなくなってしまいそうな懸念が自分の側に生じてきたため、メインをはてなブログに移行させました。
わたしがnoteを始めた頃は、エッセイや文学が好きな若者が、自分が考えていることを投稿するブログくらいのイメージだったのだけれど、2020年くらいからnoteは、有名人に記事を書かせてサジェストしたり、大企業とコラボして記事のコンペをしたりして、ものすごくコマーシャライズされてしまった。それに伴って、書き手の側の記事の質も悪化して、いまはAIに書かせた記事のフリーマーケットみたいになっている。(もちろん、AIがnoteに書くようなことは、自分で直接AIに訊けば答えてくれるので、そんなもの読んでも仕方がない。)
たとえば、わたしが書いた記事に対して「スキ(いいね)」をつけてもらって、その人の記事を見にいくと、「AI副業!」みたいなことしか書いていなくて、わたしのnoteなんか読んでいないうえに、おそらくAIがスキをつけているのだろうということも推定されて、がっかりする。
金銭を媒介としたコミュニケーションからなる市場が、経済的利害以外の結びつきからなる公共圏を破壊してしまったよい例である。基本的には誰もちゃんと読んでいない。
それでも、最近になって、わたしがnoteを更新し始めたのは、AIゾンビに見つからずに、ほそぼそとnoteを続けていく方法を自分なりに発見したからというのもある。

たとえば、記事のタイトルを日付を示す数字だけにしておくと、ある程度、わたし自身について関心のある人しか読まなくなる。わたしも、そんなに記憶力がよくないので、どの記事に何を書いたのかを忘れてしまうのもよい。へんに、「思想の一貫性」みたいなものに惑わされずにすむ。
ハッシュタグも、できる限りマイナーなもの(下記参照)を使っておけば、AIゾンビに「スキ」されすぎずにすむ。
(どうでもいいけれど、AIゾンビにスキされずにすむって、そういうSFみたいだなと思う。街にはフィジカルAIが溢れて、人間を見つけ次第、欲望の対象として人間を消費するというサイバーパンク的な世界…。)

また逆に、「はてなブログ」の方も、かならずしもコマーシャライズと無縁ではない気がしていて、少し前に「はてなブログ」の運営のおすすめ記事に紹介されてしまったときは、絶対に読んでいなさそうな「いいね」がたくさんついて、ドアポストにチラシをたくさん投函された気持ちになった。
もちろん、商業化すること自体はけっして悪いことではないし、お金はないよりはあったほうがいいのだけれど、もともと非商業的なつながりを求めてなされていたコミュニケーション(noteを書くことであれ、日常のおしゃべりであれ、演劇をすることであれ、絵を書くことであれ、)が、気付かないうちにプラットフォーマーの肥やしにされて、それどころか、プラットフォーマーの側が、「良質な(?)」記事を書くように人々を駆り立てることは、好ましいことではないよな、と思う。
なにかそういう逡巡もしつつ、最近の関心が、現代思想的なところから、日々の生活をどう言葉にしていくかというところへと移り始めたこともあって、短めの文章を書きやすいnoteの方を更新し始めていた次第でした。
このはてなブログの方には、少なからず哲学的なことを書き散らかしてきたのだけれど、どうも、そういう難しい言葉たちが、現実の複雑性を覆い隠してしまうことが多いように感じられてきて、今一度、生活のなかでの実感を伴った言葉を取り戻していく練習をしようかなと。
自分にとって重みのある内容はこちらのブログに投稿すると思いますが、noteの方は、もう少しいい加減に、つまらないことも含めて書いておりますので、よろしかったら、そちらもよしなに・・・。






アウシュビッツ=ビルケナウ収容所を見学した。これもいつか書く、
