KATTE

パフォーミングアーツや社会学のことについて、勝手にあれこれ書いています

よるべなし、ひとりなんとか

「ひとりなんとか」をやりたい。というか、やる、やることになっている。「なんとか」というからにはなんでも良いのだけれど、おそらく演劇のようなことになるのではないかと思う。ギターになるかもしれないし、踊りのようなものになるかもしれないけれど、とりあえずは「なんとか」と呼ぶだけの余白は持っておきたい気がする。

先月から、「ひとり芝居」だったり、野外演劇だったりを見ていて、わたしは、それらの自由さに、ちょっと憧れてしまった。いや、わたしはわたしのなかで勝手に、なにかを作って発表することのハードルを、勝手にあげていたことに気づいた。だから、憧れというより、みなが持ちうるはずの自由さを、わたしが勝手に思い出したということに近いかもしれない。大金をはたいて劇場を借りたり、制作さんや照明さんにお金を払って手伝ってもらったりしなくても、何かつくることはできるはずなのだ、ほんとうは。

 

9月いっぱいで、大学院を卒業して、特別研究員という仕事(?)も終わり、メールの名前の前に書くような肩書きがなくなったのだった(つまり、「千葉大学 鈴木南音」みたいな、名前の前の肩書きをわたしは失っている)。生活の不安定さをそこそこ感じなくもないのだけれど、でも、この不安定さは、後ろ盾のなさでもある。わたしは、誰かの顔を窺って喋ったりしなくてもいいし、気に食わないことはすぐにでも怒ってもよいのだ(とはいえ、わたしは怒るのが苦手なのだけれど)。

こういう、後ろ盾のなさを、今のわたしは、ひとまずは大切にしたい。好きなことを書いてやれるし、動員とか評判とかもそもそもゼロに近いので気にしなくてもよいのだし、つまらないと思われても石を投げられることは(たぶん)ないだろう。

なんにもないのだ、わたしは。だからこそ、わたしがおもしろいものを作ってコケても、(たぶん)恥ずかしくない。芥川賞ならぬ、「わたし賞」だけ取れれば、いまはそれで十分である。

そんなわけで、よるべなきまま、「ひとりなんとか」、やっていきたい。

 

 

夜の高円寺、一人芝居を見た